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自然科学

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日誌

■校長室から
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作成日2015/08/27タイトル平成27年度8月号 校長随想『湧水抄』画像by: 島高

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作成日2015/08/04タイトル平成27年度7月号 校長随想『湧水抄』画像by: 島高

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作成日2015/06/30タイトル平成27年度6月号 校長随想『湧水抄』画像by: 島高

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作成日2015/05/28タイトル平成27年度5月号 校長随想『湧水抄』画像by: 島高

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作成日2015/04/30タイトル平成27年度4月号 校長随想『湧水抄』画像by: 島高

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作成日2015/03/23タイトル平成26年度3月号 校長随想『湧水抄』画像by: 島高

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作成日2015/02/27タイトル平成26年度2月号 校長随想『湧水抄』画像by: 島高

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作成日2015/01/30タイトル平成26年度1月号 校長随想『湧水抄』by: 島高

「本との出会い」二題

校 長 北 浦 剛 資

島高生の「S」は「mile」のS。1冊の本が、人生に大きく関わることがある。

 
■背表紙のタイトルから

 
 しま地区の高校勤務の頃の話。国語教師として3年生を担当していた。クラスに、喫煙で指導歴のある男子生徒がいた。授業態度も決して良くはなかったが、ある日の授業で板書を命じたところ、予想外に立派な字を書いた。思わず「字が上手だねぇ」と褒めたところ、そんな経験がなく嬉しかったのか、その後の国語の授業への取組が意欲的になった。夏休みの課題として読書感想文を課したが、本の内容というよりも1冊の本との出会いを臨場感たっぷりに書いてきた。曰く、「僕は図書室で本を探していた。別に何でもよかったが、背表紙を眺めながら移動していたら、1冊だけ気になる本があった。通り過ぎた後もう一度戻って手に取ってみると、なぜか懐かしい感じがした。僕が見つけるのをその本が待っていたような気がした。……」と、出会いの場面を詳細に描写していたその表現力の確かさを評価して学級代表に選んだら、学年代表から学校代表に選ばれ、何と県コンクールで入賞するという快挙を果たした。1冊の本から広がる人生もある。

■38年ぶりの再会

 学生時代の話。立ち読みするため習慣的に寄っていた大学前の書店、たまたま同じ年齢だったので気になり手に取った1冊の文庫本、表題は『二十一歳の父』、作者は曾野綾子。その後大和田獏主演でTVドラマにもなったが、小説の内容よりも、裏表紙に書かれたキャッチコピーに関心がいった。記憶は不確かだが、主人公の生き方を示す「気負いも絶望もなく淡々と生きる」の一節が心に残った。その後教師になって30数年、ふと思い出して島高図書室の福島さんに相談すると、間を置かず県立図書館にありましたよと取り寄せてくださった。早速裏表紙を確認すると、自分でも驚く程そのままの言葉が印刷されていた。いつの間にか生き方の背骨になっていたのかと、改めて感慨に浸った。
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作成日2014/12/27タイトル平成26年度12月号 校長随想『湧水抄』by: 島高

心からの「ありがとう」

校長 北浦剛資


 島高生の「S」は「mile」のS。心からの「ありがとう」が言える人になってほしい。

 
■去りゆくものに感謝

  毎日の掃除で校長室の床を熱心に雑巾がけしてくれる3年生の姿を見て思い出すことがある。前任校で、半世紀を経た老朽校舎の隣にピカピカの新校舎が建ち、やがて教室移動した後は程なく解体されることとなっていた旧校舎の床掃除を当時の3年生が提案し、「ありがとう松高」の想いでひたすらに磨き上げてくれたことである。新年を迎え初日に手を合わせる人は多いが、大晦日に沈む夕日は、ほとんど顧みられることがない。「去る者は日々に疎し」の諺はあるが、所詮人間は薄情なものと開き直る前に、無常の世界に身を置くと見えてくることも多い。大方の3年生は目先のことで余裕がないだろうが、あと2カ月余りで67回生は母校を巣立つことになる。住み慣れた学舎は愛おしく尊い。春になるとそれぞれが新しい世界に飛び込み、甘美な刺激に酔いしれることになるだろうが、去りゆくもの、別れるものに感謝してこそ、新しいものへの歓びも増すというもの。

■感謝し続けてこそ本物

 最近の若者は「感謝」という言葉をよく口にするが、一時的な思いでは感謝の真意は伝わらない。表面的な感謝には、打算や下心が透けて見える。口先だけの感謝はむしろ偽善に近いかもしれない。思い続けることが大切だ。思い続けてこそ本物の感謝となる。自分を包んでくれる有形無形の周りのものに対して、有り難いという思いが心の底から込み上げ、それが形となって「ありがとう」の言葉となり、周りの人を幸せにする。人を幸せにできてこそ「ありがとう」の意味が輝くのだ。「ありがとう」は魔法の言葉。こう言われて嫌な気持ちになる人はいない。感じ方は人それぞれだが、例えば胸の奥がほのかにあったかくなるような心地よさ。「感謝」とは、かけがえのない宝物だ。
 
元気に年の瀬を迎えられた行く年に感謝し、希望に満ちた来る年にもまた感謝する。

 
 
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作成日2014/11/28タイトル平成26年度11月号 校長随想『湧水抄』by: 島高

「言い訳をしない生き方」を目指す

                                                                      

校長 北浦 剛資

 
島高生の「S」は「Science」のS。言い訳をする生き方の罪について考えてみたい。 

■「言い訳」は既に後ろ向き

一日を振り返ってみよう。起床=なぜもっと早く起きられないのか→「昨夜遅く友達からメールがあり、返信してたら遅くなったから」、通学=バスで老人がそばに立っているのに、なぜ席を譲らないのか→「頼まれもしなかったし、声を掛けるのが恥ずかしかったから」、授業=なぜ課題をしてこなかったのか→「部活動で疲れて、いつのまにか寝てしまっていたから」、部活動=なぜもっと声を出さないのか→「昨日から風邪気味で、のどが痛いから」、夕食=なぜ野菜を残さず食べないのか→「臭いが嫌だし、面倒臭いから」…、まあ次から次にさまざまな場面でいろいろな言い訳が出てくるものである。「転ばぬ先の杖」でもあるまいが失敗する前から言い訳を用意している輩もいる。ところで、言い訳って何だろう?言い換えると「自己弁護」、自分の苦手や失敗を言い繕って正当化する行為。正当化してみたところで、失敗は覆らない。それどころか、言い繕う姿はみっともないし、かっこ悪い。言い訳は、既に気持ちが後ろ向きになっていることの表れである。

■「失敗を恐れるな」

  「ヒューマンエラー」という言葉がある。人間の注意力には限界があり、どんなに注意深い慎重な人でも、疲れや錯覚などからエラーを起こすことをいう。人間は本来失敗する動物である。言い訳をすると、自分に逃げ道を作ってしまうことになる。時には逃げることも必要だが、逃げるばかりでは成長しない。自分の弱点を知り改善できるチャンスを逃しているからだ。失敗することは当然と考え、自分の失敗を率直に振り返り、その原因がどこにあったのか、どうすれば同じ失敗を繰り返さないのか、謙虚に反省するところから成長が始まる。「失敗を恐れるな、しかし同じ失敗を繰り返すな。」そのためには先ず、言い訳をしない習慣をしっかり身につけることだ。
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