県高総体で島高サッカー部が快進撃を続け、島原の競技場に戻って来ました。
今日と明日の準決勝と決勝は島原の復興アリーナの競技場であるので、島高生は全員応援に駆けつけました。
さっきまで決勝進出をかけて日大高校と戦い、前半は0―1と粘っていたのですが、後半に3点入れられ惜しくも決勝進出はなりませんでした。
6月3日「いのりの日」関連で、2つの写真が手に入りましたのでアップします。
多くの報道陣の命を奪った「定点」と呼ばれる場所には、白い三角錐が立っています。
私は、大野木場の災害未来館で見ました。
それが、噴火災害20年の今年5月末、建て替えられました。
その様子です。クリックしてご覧下さい。定点.bmp
それから、20年前、有明の西川写真館の西川清人さんは、誰もが山を撮っていた時、偶然見た海側には、虹が架かっていたそうで、そこを撮っていらっしゃったそうです。
今年、内嶋善之助氏がそのことを題材に作った写真と同じ題名の「6.3 虹」を朗読なさり、そのバックにこの写真が飾ってありました。
私はテレビでちらっと見ただけなので詳しいことはわかりませんが、この写真はなんだか心に迫るものがありますよね。
今、剣道部男女アベック優勝と、レスリングの優勝が確定しました!
個人でも、剣道部男女とレスリングは、優勝・2位などめざましい活躍が伝わってます。
3連覇をかけたソフトテニス部は惜しくも準優勝でした。
まだ熱戦が続いています。
どの部も最善を尽くして戦っています。
それからボランティア報告会のメールが届きました。
島原ご恩返し号は、とても貴い試みだと思います。
まだまだこれからも支援が必要です。
先月5月30日(月)、東日本大震災の被災地で活動した「島原ボランティア活動報告会」が島原市森岳公民館で開かれました。 5月23日島原半島から有志の20人が参加した「災害ボランティア号」で宮城県三陸町へ向かいました。 20年前に雲仙・普賢岳の噴火災害当時全国の皆さん方から受けた温かいご支援に少しでも恩返ししようと,NPO法人ボランティア協議会が中心となり青年会議所、3市の行政や社会福祉協議会など東日本大震災の被災地で3日間支援活動した「島原ボランティア活動報告会」が、森岳公民館で開かれました。 まず、移動中の車内から撮影した被災地の生な生しい映像が大型スクリーンに次々と写しだされました。 そのあと、写真撮影された支援活動内容と説明があり食事は持参した魔法瓶の熱湯で作るインスタントラーメンなどでお腹を満たす毎食の様子でした。 夜は、島原城で過ごされた自衛隊の隊員さん並みに、指定された平たい場所にテントを張り寝袋の中で休む毎晩。 最後に写真通り、最前列に参加の16人が並び(4人欠席)一人ずつ感想が順番に述べられました。 代表の地球村主人旭理事長さんは、「今限りではなく現場での体験を実感し、今後も支援活動は長期間続けていく必要がある。」と述べられました。
昨日6月1日、15:00〜会議室において、22年度の会計監査を、大野監事と本田監事にしていただきました。
写真でおわかりのように、山のような書類とたくさんの貯金通帳を、ていねいにチェックしてくださいました。
22年度は、110周年記念全員発送専用振り込みと、以前からの振り込みがあった上に、今までの会友会計と一般会計の二本立てだった会計を一本化したので、かなり複雑になっていました。
それをきちんと見て、これからのアドバイスもいただき、本当に助かりました。
お二人がいてくださるので、同窓会の会計は大船に乗ったつもりで、いられます。
この決算をしてみて、あの全員発送は、本当に大成功だったと改めて思いました。
ご協力いただいた皆様、ここで改めて感謝申し上げます!
また、昨日は監査の時に壮行会が行われました。
高総体日程表.bmp(ここをクリックしてみてくださいね。)
写真としてそのまま載せるより、ここに隠しファイルにした方が少しでも大きくアップできますので・・
長崎県予選を兼ねた高総体の日程です。
明日の開会式では、3本の優勝旗を従えて、団長の浦教頭先生を先頭に入場します。
ぜひ応援よろしくお願い致します。
6月26日(日)開演13:30〜 島原文化会館中ホールにて、「第23回ふるさとふれあいコンサート」が開催されます。
出演団体は写真をごらんください。
これも噴火災害20周年事業のひとつです。
また、東日本大震災の復興応援も兼ねてのコンサートらしいです。
ぜひ、音楽の力を感じてください!
明日6月3日は、大火砕流で43名もの方がおなくなりになった「いのりの日」20周年目です。
島原市では災害の記憶を風化させないために今年はいろいろな催しが行われます。
少し見にくいですが、写真をご覧下さい。
また、以前も紹介しましたが、テレビ放映もあります。
(1)『1991 雲仙・普賢岳〜避難勧告を継続せよ〜』