32回生の森田です。去る6月24日(金)長崎I.Kホテルにて「長崎島高会反省会」が開催され、28人が参加しました。諸先輩方からの指名により会の様子を報告いたします。多分に主観的な報告ですみません。
初参加の私は仕事の関係で40分程遅れて参加したのですが、最初の紹介でこの会の報告の指名を受け写真も撮るようにとの指示に、「あれ、カメラ持ってきてない!」と思ったのですが、すかさず女性の先輩から「カメラ貸すよ!」と言っていただきました。しかも貸したカメラを私の職場まで取りに行っていいと言ってくださいました。普通は遠慮すべきなんですが、「さすが!うちの先輩バイ!」という思いで先輩の好意に甘えることにしました。
会の間中、みなさん料理などそっちのけで、席を入れ替わり立ち代わりいろんな方と話をして盛り上がり、楽しく和やかな雰囲気に包まれていました。初参加で最年少?の私も臆することなく諸先輩方と楽しく話をさせていただいたのもこの雰囲気のお陰だと思っています。そして、この和やかな雰囲気は「同じ島高の先輩後輩である」という親近感と連帯感がもたらすものであると思います。いつまでも大事にしたいと思います。
今日、21:00〜日本テレビ系列「ひみつのケンミンショー」で、島原で食べられる黒くて甘い麺料理が採り上げられるそうです。
さてなんでしょう。
すぐ答えれなきゃ、島高生じゃないなんて言ったら怒られるかな?
はい、「ろくべえ」です。
どこの「ろくべえ」なのか私も楽しみです。
以前ここにはアップしましたが、写真は私が公民館講座で作った「ろくべえ」です。
それからこのあと「同窓会誌21号」の第一回編集会議です。
もうゲラ刷りが上がってきているので、最終チェックをしてもらって手直ししてもらいます。
6月20日と29日に皆様のお手元に届けるための発送作業をします。
乞うご期待!
さっき無事に編集会議が終わりました。
柴田編集長他4名、お忙しい中、ありがとうございました。
(3名欠席)
さすがに編集委員の方々、ていねいにレイアウトや文章などをご覧になって、チェックしていただきました。
県高総体で島高サッカー部が快進撃を続け、島原の競技場に戻って来ました。
今日と明日の準決勝と決勝は島原の復興アリーナの競技場であるので、島高生は全員応援に駆けつけました。
さっきまで決勝進出をかけて日大高校と戦い、前半は0―1と粘っていたのですが、後半に3点入れられ惜しくも決勝進出はなりませんでした。
6月3日「いのりの日」関連で、2つの写真が手に入りましたのでアップします。
多くの報道陣の命を奪った「定点」と呼ばれる場所には、白い三角錐が立っています。
私は、大野木場の災害未来館で見ました。
それが、噴火災害20年の今年5月末、建て替えられました。
その様子です。クリックしてご覧下さい。定点.bmp
それから、20年前、有明の西川写真館の西川清人さんは、誰もが山を撮っていた時、偶然見た海側には、虹が架かっていたそうで、そこを撮っていらっしゃったそうです。
今年、内嶋善之助氏がそのことを題材に作った写真と同じ題名の「6.3 虹」を朗読なさり、そのバックにこの写真が飾ってありました。
私はテレビでちらっと見ただけなので詳しいことはわかりませんが、この写真はなんだか心に迫るものがありますよね。
今、剣道部男女アベック優勝と、レスリングの優勝が確定しました!
個人でも、剣道部男女とレスリングは、優勝・2位などめざましい活躍が伝わってます。
3連覇をかけたソフトテニス部は惜しくも準優勝でした。
まだ熱戦が続いています。
どの部も最善を尽くして戦っています。
それからボランティア報告会のメールが届きました。
島原ご恩返し号は、とても貴い試みだと思います。
まだまだこれからも支援が必要です。
先月5月30日(月)、東日本大震災の被災地で活動した「島原ボランティア活動報告会」が島原市森岳公民館で開かれました。 5月23日島原半島から有志の20人が参加した「災害ボランティア号」で宮城県三陸町へ向かいました。 20年前に雲仙・普賢岳の噴火災害当時全国の皆さん方から受けた温かいご支援に少しでも恩返ししようと,NPO法人ボランティア協議会が中心となり青年会議所、3市の行政や社会福祉協議会など東日本大震災の被災地で3日間支援活動した「島原ボランティア活動報告会」が、森岳公民館で開かれました。 まず、移動中の車内から撮影した被災地の生な生しい映像が大型スクリーンに次々と写しだされました。 そのあと、写真撮影された支援活動内容と説明があり食事は持参した魔法瓶の熱湯で作るインスタントラーメンなどでお腹を満たす毎食の様子でした。 夜は、島原城で過ごされた自衛隊の隊員さん並みに、指定された平たい場所にテントを張り寝袋の中で休む毎晩。 最後に写真通り、最前列に参加の16人が並び(4人欠席)一人ずつ感想が順番に述べられました。 代表の地球村主人旭理事長さんは、「今限りではなく現場での体験を実感し、今後も支援活動は長期間続けていく必要がある。」と述べられました。