■総会:11月1日(日)19:00〜 於:彦八
有明島高会は、毎年11月1日(島高創立記念日)に開催されており、今年で第31回を迎えられたそうです。家族の「記念日」や「誕生日」を決して忘れないのと同様に、「母校の創立記念日」に毎年集まるという『粋な計らい』に、有明島高会の皆様の「母校愛」に深く感服した次第です。事務局長として、今年初めて参加させて頂いてまずそう思いました。また、母校の図書館にある「深淵大澤」(「ここ島高から龍蛇にも比す偉人が輩出する」という意味)という言葉を大切にされ、長年にわたり総会資料の表紙に掲載されているという気配りもまた然りです。「島高創立115周年」という母校の歴史もまた、明記されておりました。 
総会は、森山一秀副会長(17回)の司会で馬場顕亮会長(14回)の挨拶に始まり、30名の先輩方の参加を賜りました。事務局からの会計報告と会務報告に続き、今年の秋岳館ギャラリー(宮��圭介氏の写真展)や和歌山国体での剣道少年男女の二連覇の記事の紹介、また同窓会協力金のお願いまでアナウンスして頂いて、大変有り難く存じました。
校歌斉唱(ソングリーダー蒲池さん)の後、高城同窓会会長、北浦剛資校長、そして峯がご挨拶を申し上げました。北浦校長と峯は島高26回の同級生。今年還暦の年とあって、10月の同窓会総会では、同級生総勢95名の仲間とともに幹事学年として、「最高のお・も・て・な・し」を・・・と心ひとつに頑張った旨のご報告を致しました。実は、普賢岳をデザインしたお揃いの赤いTシャツとCDも持参していたので・・・強い要請があれば・・・踊り再び・・・と心構えはできていたのですが・・・。うまくタイミングが合わなかったようです・・・。残念でした。

いよいよ乾杯です。有明島高会は乾杯の音頭もユニーク。毎年乾杯の音頭は「新人か遠来の会員」というのが慣例だということで、今年はたまたま埼玉から帰省され、初参加の金子信義(17回)さんが乾杯の音頭をとられました。わざわざお土産のカステラまで持参して下さって皆様へ・・・ということでしたが、「事務局の皆さんでどうぞ」とお心遣いを頂きました。金子さん有り難うございました! 

続いては37回生から8回生までそれぞれ会期毎に舞台に登壇しての自己紹介。会期の最多参加者は14回生の6名、続いて17回生の5名。毎年同じ日に、懐かしい顔に会えるなんて、本当に七夕のようにロマンチックですね・・・。しかも晴雨に拘わらずですから、すばらしい慣例です。ただ、「若っかもんや女の人のおらんとがさみしかね・・・」という本音もあちこちから。(「何故女性の参加者が少ないか」って・・・?それは「下駄踊りのせいっじゃろ」という声も聞こえてきましたが・・・。さて真偽はいかに・・・?)

昔話に花が咲いて、すっかりほろ酔い気分になった頃、乾杯の音頭の金子さんが壇上で歌を披露。島原のフランク永井こと前田力先生(11回生)の低音の魅力が後に続きます。そして、話題の島原名物?「げた踊り」を紹介して下さったのは八十島さん(14回生)。初めて見た島原名物でした。 
万歳三唱のあとは、壇上のお酒を巡って、恒例のジャンケン大会が行われ、大いに盛り上がって、懇親会は終了となりました。一言で言うと、有明島高会は最初から最後まで、とてもアットホームな和やかな雰囲気で、終始あちらこちらで笑顔や笑い声が絶えませんでした!お世話役の森山一秀さん、幹事の皆様、本当に有り難うございました。 □付録
・式次第には昨年の総会の思い出の写真が掲載されていました。昨年度の思い出の写真をお土産に、そして来年参加して下さったら今年の写真がもらえるというナイスアイデア。事務局森山さんの粋な計らいでしょうね・・・。
・「秋岳館に閲覧用としておいて下さい!」と『また逢う日まで』(〜湯江会解散記念2015 年夏 於:稲佐山観光ホテル〜)という写真集をお預かりしたのは島田次男さん(8回)から。島田さんは、有明漁協を通して、長年有明海の浄化に尽力されていらっしゃり、参加の皆様一人ひとりに心のこもったお手紙を頂きました。ふるさとへの熱い想いを奥様との連名で書かれたものでした。 
・初めて参加しました「有明島高会」の常連の皆様の中でも、恩師の前田力先生はじめ、教え子で秘蔵っ子のお父上であることが判明して、感動したのはテニスの師匠板倉先輩。
メイプル合唱団でいつもお隣の蒲池さん他、元同僚の伊藤先生など・・・お知り合いの方々との再会もまたサプライズでした。 
・当日、道に迷い、遅刻してしまった私を曲がり角まで迎えに来て下さった蒲池さんをはじめ、到着するまで待っていて下さった司会の森山さん他、参加者の皆様の心温まるご配慮にあらためて感謝申し上げます。
文責(事務局長:峯)
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